心臓を栄養する血管「冠動脈:かんどうみゃく」の病気として、
●完全に血管が詰まってしまい、心臓の筋肉が窒息状態になる心筋梗塞。
●血管の一部が細くなり血流が不足することで、心臓の筋肉が酸欠状態になる狭心症。
●心臓の血管が痙攣を起こすことで一時的に血流が途絶える冠攣縮性狭心症(異型狭心症)。

これに加えて近年では、MINOCA、INOCA、冠微小循環障害(CMD)という概念が提唱されています。

冠動脈造影検査や心臓CT検査などで血管の狭窄や閉塞が見られないにも関わらず、典型的な狭心症や心筋梗塞と同様の病態(心筋壊死、心機能低下)を生じるものがこれらにあたります。

胸が痛い・重苦しい、動くと息切れや動悸を感じて辛い・・・不安に感じて病院で検査を受けても異常が無く、はっきりとした症状の原因がわからないという場合にもこのINOCAや、CMD(冠微小循環障害)が関与している可能性があります。

そのような中、2023年3月に日本循環器学会、日本心血管インターベンション治療学会、日本心臓病学会合同ガイドラインフォーカスアップデート版「冠攣縮性狭心症と冠微小循環障害の診断と治療」が公開されています。

この記事では、主にINOCAと、INOCAを引き起こす原因の一つと考えられているCMDについてこのガイドラインに記載されていることをかいつまんでお伝えしてまいります。

また夕陽ヶ丘ながいクリニックで、冠微小循環障害に伴う狭心症治療の一つとして心臓リハビリテーションをご提案しております。後ほどご紹介いたしますが、運動療法を中心とした心臓リハビリテーションは、冠微小循環障害の治療のエビデンスレベルと実施推奨度レベルも高くなっております。
大阪府天王寺区、上本町近辺で心臓リハビリテーションをお探しの方は一度ご相談下さい。

INOCA(虚血非閉塞性冠疾患)とは

INOCA(ischemia with non-obstructive coronary arterydisease)は、心臓を栄養する冠動脈に狭窄が認められないにも関わらず、心筋への酸素供給不足が生じ、胸痛や息切れ、動悸などの狭心症症状を引き起こす病気を言います。

また、男性よりも女性に多く認められるとされています。

INOCAの原因

INOCAの原因としては主に、冠攣縮(血管の痙攣)と冠微小循環障害(CMD)の2つが挙げられています。

両者の割合については「冠攣縮性狭心症と冠微小循環障害の診断と治療ガイドライン」によりますと、INOCAにおける冠攣縮とCMDの罹患率を検討した最近 の シ ステ マ ティックレビュー・メタ 解 析(56研 究・14,427人)では,冠攣縮は40%,CMDは41%,両者の合併は23%,微小血管狭心症は24%に認められた。また、女性は男性よりCMDが1.45倍多かった。という報告例が提示されていました。

冠微小血管とは

INOCAの原因の一つであるCMD(冠微小循環障害)ですが、そもそも冠微小血管とは何なのかについてお示しします。

こちらのイラストは心臓と心臓の外側を覆うように走っている冠動脈を表しています。

青で示している冠動脈は太いので、血管造影をすると血管の陰が浮かび上がってきます。
しかし、この主要な太い冠動脈は心臓全体をまんべんなく覆っているわけではありません。

心臓の筋肉全体に満遍なく血液を供給するには、これらメインとなる太い冠動脈から枝分かれ、枝分かれ、枝分かれ・・・と、どんどん枝分かれが広がって心臓全体を覆うようになります(赤で示す部分)

この枝分かれした血管はとても細く、髪の毛程度の太さであることから、通常の冠動脈造影検査や血管造影CTでは見ることができません。そのため、細い冠動脈に狭窄があっても、通常の冠動脈造影検査では画像として映し出すことができないので異常を把握することが難しくなります。

このように造影検査などで目に見える冠動脈(青で示す血管)は、心臓を覆う血管の5%程度しかなく、残りの95%は冠微小血管であるとされています。

造影検査で見えるような太い血管に狭窄や閉塞、攣縮(痙攣)が起きるように、目に見えない細い冠微小血管も閉塞や狭窄、痙攣を引き起こすことが考えられます。
冠微小血管の狭窄、閉塞、攣縮は、太い冠動脈のそれと同様に心臓に悪影響を与え、胸痛などの狭心症症状を引き起こすと考えられます。

CMDの機序

血管の最も内側に血管内皮細胞が存在しています。血管内皮細胞は血管の構成要素となるだけでなく、様々な生理活性物質(一酸化窒素、エンドセリンなど)を産生して血管の収縮や拡張をコントロールしています。

血管内皮細胞は、動脈硬化や炎症によりその機能を失い、血流制限や血管閉塞、血管攣縮(痙攣)などを引き起こすとされています。

血管は必要に応じて収縮したり拡張したりしながら、組織への血流量をコントロールしています。
この血管の収縮と拡張を可能にしているのが、血管平滑筋です。この血管平滑筋が正常に働かなくなると血管の太さのコントロールが出来ない、血流のコントロールが出来ないということにつながります。

冠動脈は内皮細胞、内膜、中膜、外膜からできています。この構造が何らかの原因(高血圧、糖尿病、脂質異常症、炎症など)によって構造変化を起こすことをリモデリングと呼びます。

構造的変化とは、血管膜内にプラークが形成され血管内腔を狭めるネガティブリモデリング。
狭くなった血管では血流が減少するため、それを補うように血管を広げて拡大するポジティブリモデリングなどの変化が起きます。

CMDはこれらの要因が単独もしくは複合した病態と考えられています。

冠攣縮誘発検査

冠動脈造影検査と同じように、冠動脈にカテーテルを挿入し、血管攣縮を誘発させる薬剤(アセチルコリンやエルゴノビン)を使用して、冠攣縮誘発が起きるかを評価します。

心臓表面の太い冠動脈の攣縮であれば、通常の冠動脈造影で評価できます。

ただ、造影で写らない微小血管の攣縮の評価については、冠循環の出口である冠静脈洞にカテーテルを挿入して、冠循環の入り口である上行大動脈での2か所での血中乳酸を測定します。

冠攣縮もしくは血管狭窄による虚血(酸素不足)がない場合は、心筋は血中の乳酸を摂取して冠静脈洞の乳酸レベルは入口よりも低くなります。
一方で、心筋が酸素不足になっていれば、心筋は乳酸を産生するようになるので、冠静脈洞の乳酸レベルが入口よりも高くなります。このように乳酸値の逆転(心筋虚血)が起こっているのに太い冠動脈に攣縮が生じていない場合、冠微小攣縮が誘発されたと評価します。

INOCAの診断

まずは心臓弁膜症、心不全、心筋症など、狭心症症状を示す病気の可能性を否定したうえで、INOCAの可能性を考えます。INOCAである可能性としては次のようなものがあります。

・安静時や労作時(運動時)の胸痛、胸の不快感
・労作時(運動時)の息切れや動悸など)

・運動負荷試験、負荷心エコー、心筋シンチグラムなどで陽性所見となる

・冠動脈造影(CAG)や、心臓CT などで、冠動脈に血流制限をきたすような狭窄所見を認めない

上記により、INOCAと診断がなされたら個々の病態に応じた治療が選択されます。

INOCAの治療

INOCAの2大要因としての冠攣縮やCMDの病因の1つとして血管内皮障害があげられています。
血管内皮機能の障害は、高血圧,糖尿病,喫煙,脂質異常などの代謝異常と、それにともなう炎症などが組み合わさって生じるとされているため、通常の狭心症や心筋梗塞の再発予防と同様に、動脈硬化進展抑制の取り組みを行う事が重要と考えられます。

つまり、食事、運動、禁煙といった生活習慣の是正。糖尿病や高血圧、脂質異常症、肥満といった生活習慣病の是正となります。

血管拡張作用を持つカルシウム拮抗薬や硝酸薬、抗狭心症薬としてβ遮断薬などが、狭心症症状対して投与される基本的な治療薬になります。

その他、糖尿病や高血圧などに対する治療薬も併用していきます。

心臓リハビリテーションは、疾患管理、運動療法、食事療法などを包括的にサポートする治療プログラムです。

動脈硬化が原因である虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)の再発予防や予後改善効果がすでに証明されているプログラムであり、動脈硬化や血管内皮障害など同様の機序と考えられるINOCAの治療にも有効であると考えられます。冠攣縮性狭心症と冠微小循環障害の診断と治療ガイドラインでは、「包括的心臓リハビリテーションは,禁忌がなければINOCA患者においても通常の虚血性心疾患同様にクラスIで推奨されるとしています。

特に血管内皮機能の改善には有酸素性運動が有効であり、低~中程度の運動強度で1回30分、週に合計150分以上(可能な限り毎日行う)となるように取り組むことが推奨されています。