ここ数年、または数ヶ月でご自身の体調でこんな変化はありませんか?

◆散歩途中で休憩する回数が増えた
◆外出するのが億劫になった
◆家事をこなすだけで動悸や息切れを感じるようになった
◆階段を上り下りするのが辛くなった

これらの症状は、単に運動不足や年齢のせいだけではなく、心臓弁膜症(しんぞうべんまくしょう)のサインかもしれません。

社会の高齢化に伴って心臓弁膜症は増加しており、心臓疾患の終末像である心不全患者増加の一因となっています。

近年心臓弁膜症治療は飛躍的な進歩を遂げており、開胸手術が受けられない、もしくはリスクが高いような方でも低侵襲治療(からだへの負担が小さい治療)を受けていただくことが可能になってきています。

この記事が弁膜症の早期発見、治療に結びつけば幸いです。

高齢者で増加傾向の弁膜症

心臓弁膜症を患う方は、年齢とともに上がる傾向にあり、日本では65~74歳で約150万人、75歳以上で約245万人の潜在患者がいると推測されます。
日本で正確な患者数の統計は出ておらず、米国の調査と日本の人口推計をもとに日本人の弁膜症罹患者数を推定したものとなります。
1: Nkomo VT, et al. Burden of valvular heart diseases: a population-based study. Lancet. 2006;368:1005-11.
2: 総務省統計局. 人口推計の結果の概要 令和2年4月報

心臓の弁の位置と働き

心臓には4つの部屋があり、血液の流れは右心房から右心室へ、右心室から肺動脈へ、左心房から左心室へ、左心室から大動脈へと順番に血液が流れていきます。
そして心臓の4つの部屋の出口には弁があります。



弁の名前を確認しましょう。右心房から右心室出口には三尖弁(さんせんべん)、右心室から肺動脈への出口には肺動脈弁、左心房から左心室への出口には僧帽弁(そうぼうべん)、そして左心室から全身の血流につながる大動脈への出口には大動脈弁があります(図)
この弁は血液の逆流を防いで一定の方向に血液を流していくために重要な役割を担っています。

これら4つの心臓弁のどこかに障害が起きて本来の機能を果たせなくなった状態が心臓弁膜症です。
弁の開き方が不完全になって血液の流れが悪くなる「狭窄」と、弁の閉じ方が不完全になって血液が逆流してしまう「閉鎖不全(逆流)」の2つのタイプに大別され、上記の4つの弁のいずれでも起こります。



心臓弁膜症と心不全との関連

開くべき時に弁が開きにくくなっていたり、閉じるべき時に弁が閉じないと、心臓に大きな負担がかかるようになります。

下の図では、弁の狭窄があるために、血液の流れが悪くなっています。血流を保とうと心臓は普段よりも大きな力で血液を押し出そうとします。
心臓は1日に10万回も拍動を続けます。無理やり大きな力を出すことを長期間強いられた心臓が悲鳴を上げた状態が心不全です。



全身の組織に絶え間なく供給し続けている心臓の機能不全により、様々な臓器不全を引き起こし、健康度を低下させていきます。

弁膜症の原因について

心臓弁膜症の原因には先天的なものと、後天的なものとがあります。
先天的なものとしては、弁の枚数の異常があげられます。3枚あるべき弁が、2枚や1枚と少なかったり、逆に4枚と多かったりします。
後天的なものとしては、昔はリウマチ熱という連鎖球菌感染症の後遺症として心臓弁膜症になることが多かったのですが、近年では減少傾向であり、加齢に伴う弁の変性や石灰化による心臓弁膜症が高齢化の進行とともに増えています。
その他、心筋梗塞や急性大動脈解離などの心臓や大動脈の急性病変の合併症とても弁膜症が生じます。


弁膜症は無症状でゆっくりと進んでいく?

心筋梗塞や感染症などで、一気に弁膜症が進行し、心不全に至ると、症状も大きく「これはまずい」とすぐに治療が施されます。

しかし多くの場合は、弁膜症の進行はゆっくりであり、長い期間無症状で過ごすことが多いとされています。

ですが、弁膜症の症状である、息切れや動悸、失神や狭心痛などが表面化してくると、一気に心臓の状態が悪化し、予後が悪くなるというのも特徴の一つです。


なぜ長期間、無症状でいられるのかについてですが、それは心臓が無理して頑張ってくれているからです。

狭窄症で心臓からの出口が狭くなっても、無理やり押し出せるように心臓の筋肉が大きくなり、大きな力を出すようになります。
逆流症で心臓に入ってくる血液が多くなったら、風船が膨らむように心臓の部屋を大きくし、より多くの血液を貯めこめるようになります。

弁の異常で、心臓を通過する血液の流れや、心臓が発揮する力が変わっても、全身の臓器に血液を送り続けるために、心臓は自分の身を削って頑張り続けてくれます。
このように負荷に耐えて頑張る心臓のおかげで、弁膜症が起きても長期間無症状でいることができます。


でもこれは何時までももちません。1週間程度の残業なら耐えられても、1年2年も休まず残業を強いられたら壊れてしまいますよね。
心臓も同じです、「もー耐えられません」となり始めた段階から、息切れや、倦怠感、動悸を自覚するようになります。

また症状が現れるころには、心臓の機能がかなり低下していることもあり、適切な治療がなされないと入院管理が必要な重症心不全へとつながります。

弁膜症は安静にしていたら治る?

弁膜症による心不全状態になると様々な自覚症状が現れますが、安静にしている時には自覚症状は落ち着くこともあります。

ですので、しばらく安静にしていればよくなるんじゃないかと考えてしまうかもしれませんが、残念ながら弁膜症に伴う自覚症状が出だしたら、安静にしていても自然に元の健康な弁や心臓に回復することは見込めません。

心不全や自覚症状の重症度に応じて、早期の治療介入が望まれます。

弁膜症に気づくために

まずは健康診断です。
弁膜症は、聴診で指摘されることが多い病気です。
弁の異常があると、弁を通過するときに血液がこすれる音や、弁の開閉音の異常が聞こえるようになり、異常心音として弁膜症を疑われます。
学校や会社などで年に1回の健康診断を受けていれば、聴診で指摘してもらえる可能性が高くなります。
会社などで実施してもらえない場合でも、市の特定検診などの精度を活用して、自覚症状が無くても年に1回は心臓の音を医師に聴いてもらいましょう。

次に自覚症状・・・心臓からのSOSサインを見逃さないことです
息切れ、足のむくみ、動悸といった自覚症状が現れますが、心不全の初期の段階では安静時には何もないが、動いた時に症状が現れるという点もポイントになります。
ですがこれを「運動不足だしな」「年だから仕方ないか」と思いこむことがあり、病気を見落とすことが危惧されます。

1年前の自分と比べる。
「例えば、半年前は買い物に行くのは平気だったのに、最近は同じだけ荷物を持って歩くと息切れがする、1年前は歩けた距離が続けて歩けなくなった。
あるいは、お孫さんと遊んでいて、前の正月に来たときには追い掛けられたのに、今年は追い掛けられなくなって息切れがする。
このようなことがあれば、それは心臓弁膜症が進行しているからかもしれません。

弁膜症の検査

◆問診

「息切れ」「動悸:ドキドキ」「胸の痛み」「失神歴」などの自覚症状と、それらの症状により日常生活でどれくらい不自由を感じているかを確認します。
また、弁膜症の症状は加齢に伴う体の変化に似ていることから、見逃されがちでもあるので、以下のような症状が無いかを確認してみて気になる症状があれば医師にご相談下さい

・外出するのが億劫(おっくう)になってきた
・疲れやすいと感じるようになった
・ただ歩いているだけなのに息が切れる、休憩が多くなった
・階段を上がると息が切れる、胸がドキドキするようになった
・家事をするときに休憩が多くなった
・早歩きや階段を上り下りすると胸が苦しくなる、動悸する
・気を失いそうになったことがある、または気を失ったことがある

◆聴診

聴診器で胸の音を聞く検査です。弁膜症があると、開閉する弁の音の異常や、心臓を流れる血液の音の異常(心雑音)が聴かれるようになります。


◆心臓超音波検査(心エコー)

心エコー図検査では、悪くなっている弁を特定し、その動きや狭窄・逆流の度合いを測定し、心臓のサイズや機能と合わせて総合的に診断します。弁膜症の診断も基本的には心エコーを用いて行われます。

◆採血、胸部レントゲン撮影

主に弁膜症に伴う心臓への影響を確認します。
心臓超音波検査と共に、治療方針を決定するために利用されます。


※心臓弁膜症の治療方針を立てるための検査
◆心臓超音波検査
◆心電図検査
◆胸部レントゲン検査
◆心臓血管造影兼sあ
◆心臓CT検査
◆血液検査

弁膜症の治療

心臓弁膜症では主に3つの選択肢から治療方法が選択されます。
①保存的治療(内服治療)
②外科的治療
③カテーテル治療

①保存的治療(内服治療)

弁膜症は心臓の血液ポンプとしての機能を障害しますので、全身に影響が及んできます。
利尿剤や、血圧を下げるお薬、血栓をできにくくするお薬など、病状によってな服薬が選択されます。

ですがこれら薬物療法は、弁そのものを治すわけではなく、薬で心臓の負担を軽減し、心不全を起こしにくくするための方法です。
ですが、弁膜症の重症度であったり、心臓へのダメージの蓄積具合など、薬の治療効果だけでは限界がやってくることもあります。

手術を先延ばしにして、取り返しのつかない状態になる前に、適切なタイミングで手術やカテーテル治療を受けることが勧められます。

②外科的治療(手術)

壊れた弁を根本的に治すには、手術が必要となります。

外科的治療は、胸を開いて、一時的に心臓と肺の機能を代行する人工心肺装置を用い、心臓を切開して弁の修復を行います。

弁を治す手術には、弁形成術と弁置換術の2種類があります。
弁置換術では、人工弁を用いますが、生体弁と機械弁の2種類があり、図表のような特徴があり、手術を受けられる方の年齢や、術後の薬物療法の適応などを考慮して決定されます。

③カテーテル治療

カテーテル治療は、開胸(胸を開いて手術)することなく、また心臓も止める必要がありません。
例えば、高齢者に多い大動脈弁狭窄症では、これまでは高齢化による体力低下が著しいと手術を受けることができませんでした。

しかし、TAVI(通称:タビ)と呼ばれるカテーテル治療が確立されてからは、そのような低体力のかた、人工心肺を使用するリスクが高い方にも、弁の修復治療を受けていただけるようになりました。

また、2018年に保険償還された、僧帽弁閉鎖不全症に対するカテーテル治療として、マイトラクリックを用いた経皮的僧帽弁クリップ術も、選択枝の一つに加わり、様々な治療方法から最適なものを選べる時代になってきました。

心臓リハビリテーションの実施

手術により、弁を修復できたとしても、それまでダメージを受けていた心臓の機能がすぐに回復するとは限りません。
そこで、心不全管理と適切な運動療法を両立し、体力の改善や健康寿命の延伸が期待できる心臓リハビリテーションの実施をお勧めします。
開心術後の心臓リハビリへの参加の推奨度は、治療ガイドラインにおいて最高の推奨度となっております。
手術を受けた病院で心臓リハビリテーションが受けられない場合には、お住いのお近くなどに外来通院で受けられる病院がないか確認しておきましょう。

一番避けていただきたいのが、大きな手術だったし、体もまだしんどいし、体が楽になるまでしばらく安静にしておこう、
と活動性を意識的に落としてしまうことです。ご高齢の方に多い印象がありますが、せっかく手術をしたのに動いた時の息切れや疲労感がなくならないのは、過度の安静に伴う単純な体力低下であることが少なくありません。
ウォーキングなど無理のない範囲で構いませんので、あえて安静をとるのではなく、意識的に体を動かすようにすることをお勧めします

大阪天王寺・上本町近辺で、弁膜症の手術後の心臓リハビリテーションをご希望の方は、夕陽ヶ丘ながいクリニックへご相談下さい

心臓リハビリテーションの詳細はこちらを参照下さい。